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マイネルラヴの勝った'98年のスプリンターズステークスを取り上げてみます。

単勝1.1倍に支持されたタイキシャトルがまさかの3着となったレースとして有名ですが、それとともにフジテレビ某アナウンサーのシーキングザパールを全面に推した(大買いでもしていたのでしょうか)実況でも有名です。このレースが引退レースとなったタイキシャトルですが、この年フランスのジャック・ル・マロワ賞(G1)を制し、凱旋レースとなった前走マイルCSでも5馬身差の圧勝。圧倒的な1番人気に支持され死角はないように思われました。

2番人気はこちらもフランスのモーリス・ド・ギース賞(G1)を制したシーキングザパール。タイキシャトルより1週間先に、日本馬による海外G1制覇を成し遂げています。勝ったマイネルラヴ7番人気とあくまで伏兵扱い。当時まだ4歳(現3歳)で実績も劣りますし古馬相手、しかも世界を制した名マイラーが相手ですからここでは苦しいとの見方が優勢でした。
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トウカイテイオーの勝った'93年の有馬記念を取り上げてみます。

トウカイテイオーの父は偉大な7冠馬、皇帝シンボリルドルフ。テイオーはその父の才能をしっかりと受け継いでデビューから連勝を重ね、皐月・ダービーを制し無敗の二冠馬となります。しかし体質が弱く骨折で菊花賞を断念。そこで次の目標に据えた春の天皇賞でまた剥離骨折が判明するなど、常に怪我が付きまとう悲運な人生(馬生?)を送ります。

その後ぶっつけで臨んだ秋天では惨敗するもののJCで国内外の強豪を退けて見事復活。あらためてその強さを見せつけ、伝説の第2幕の始まりかと予感させられました。しかし、堂々の1番人気で臨んだ次の有馬記念('92)でまさかの11着。この時鞍上は騎乗停止の岡部から乗り替わった田原成貴でした。

このままでは終われないテイオーは現役最強を証明すべく翌年の宝塚記念を目標に巻き返しをはかります。
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今週末を見据えて、ホクトベガの勝った'93年のエリザベス女王杯を取り上げてみます。

同世代の二冠馬ベガがおり、その三冠(当時は秋華賞がなくエリ女が三つ目)を阻んでしまった馬がホクトベガ「ベガはベガでも・・・」という台詞は今でも他の馬に置き換えられたりしてよく耳にするものです。奇しくも同じ星の名をもちながら同世代のライバルとなった2頭ですが、この後全く別の道を歩むことになるというのもまたロマンです。

この年の牝馬クラシックレースは桜花賞、オークスとも1~3着までが同じ組み合わせ。、ホクトベガは両レースに出走していながらそこに入ることができず、残る最後の椅子をかけたこのレースの前哨戦にも惨敗し9番人気と低評価でした。
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かなり古いですがダイユウサクの勝った'91年の有馬記念を取り上げてみます。

当時まだ私は競馬を知らなかったのですが、競馬をするようになってよく耳にするようになったのがこの暮れの大波乱。今でも語り草となっているようです。こんな大穴を本命にして当ててみたいものです(無理)

人気投票でなく委員会の推薦でなんとか有馬記念に選ばれたダイユウサク。前走は快勝したとは言えOPの1600mでした。さらに中1週での挑戦。当然人気も無く下から2番目の14番人気でした。

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大好きな馬キングヘイローの勝った2000年の高松宮記念を取り上げてみます。

芝もダートも長距離も短距離も全部走ったキングヘイロー。戦法も逃げから追い込みまで色々やりました。そんな型にはまらない(悪く言えば迷走)ところが大好きでした。

クラシックでスペシャルウィークセイウンスカイと互角の勝負をしていながら古馬になってからは短距離路線に切り替えなかなかの好成績。脚質も逃げ中心から差し中心へと変わりました。

そして前走は初めてのダートフェブラリーSに挑戦しまして完敗(なんと1番人気!)。実に魅力的な馬ですw

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私は昔のレースのVTRを時々見直したりするのが好きなので、ここでも昔のなつかしいレース当時の名実況とともに振り返ってみたいと思います。

昨日は天皇賞(秋)だったので同じレースということで、超有名な98年の天皇賞(秋)を取り上げてみます。

このレースは名馬サイレンススズカに故障が発生し、帰らぬ馬となってしまったレースとしてあまりにも有名です。


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テーマ:雑記
ジャンル:ギャンブル
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